編集部レポートvol .5|【2023年9月号】天然鮎を獲るひと 久保政広さん

 

今回の舞台は、誰もが知る清流・四万十川を有する四万十市。その中でも西土佐は、愛媛県松野町と隣接する山間部の地域です。
手付かずの自然が残されており、ウナギ、川エビ、ツガニ…そして天然鮎が獲れるまさに自然の宝庫。
四万十川の代名詞ともいえる「清流」は水質だけではなく、今もなお残る混じりけのない自然環境と人と共生してきた歴史を含んでいます。

友釣りは「少年時代の延長線上」

当日、電話で指定された釣り場に向けて車を走らせると、河原のところどころに釣り人の姿が。
期待感が高まるなか、四万十川の支流である目黒川へ。
久保政広さんは西土佐生まれ西土佐育ち。漁師歴は47年になります。

到着早々、久保さんは「今日は釣れるかわからんね。ほら、川が濁っとる」と指さします。
私たちには綺麗なブルーに見えますが、本来は川底がはっきり見えるほど澄んでいるのだそう。
今回見せていただいたのは「友釣り」の様子。
餌ではなく「おとり」の鮎を使う漁法です。
なわばりに針を仕込んだおとりの鮎を泳がせて、攻撃しきた鮎を針に引っかけて釣りあげます。

「おとり」の鮎は前日に釣り上げたものの中から元気な個体を選んでおくのだそう

軽々と石の上を渡り歩き、鮎の潜んでいそうな岩場や淵になっている場所を狙う。
おとりの鮎が自然にみえるように手元で操りながらわずかな機微も見逃しません。
引き上げられた鮎が勢いよく尾びれを水面に打ち付けたかと思うとすぐにタモですくい上げられていきました。
一瞬のできごとに始めこそわかりませんでしたが何度も見るうちに針がかかる瞬間のわずかな糸の引きに気付けるようになりました。
「手ごたえがあっても針が深く刺さらんと引き上げても逃げられる。駆け引きしながらここぞという時にさっと釣り上げてタモで逃がさんようにする」と久保さん。
多い日には60~70匹釣り上げることもあるそうです。
「昔は近所にお裾分けするばっかりやったけど、段々漁協(四万十川西部漁業協同組合「鮎市場」)にも卸すようになって。今は自分とお裾分け分以外は卸しよるね」

上がおとりの鮎で、下が釣れたばかりの鮎

「初めて鮎を釣ったのは小学3年生よ。父親について行って覚えたような…その時は竹の一本竿で。父親も川漁が好きやって、そのDNAを引き継いだようなもんやね。漁師って言われるけど私にとっては遊びの延長線上っていう感覚に近い気がする」
久保さんは兼業漁師で、定年退職後は稲作や園芸など農業に従事されています。
「夏は稲刈りするにも暑いし、それやったら川に居る方がなんぼか良い。川釣りをようけしようる、(畑仕事の合間を)すり抜けすり抜け息抜きみたいにしよるね」と笑う久保さん。
投げ網漁や火振り漁といった漁法も四万十川流域では行われていますが、久保さんは友釣り一筋。
「手ごたえがないじゃないですか。網で獲ったらそりゃ数は獲れるよ、けど面白くない…!やっぱり川釣りが好きやから…」
鮎との駆け引きが釣りの醍醐味だといいます。
「それに鮎市場に渡す時も釣り鮎は傷がほとんどつかないのと、鮮度がより高いから色の鮮やかさが違う」
投げ網漁は一度に沢山の鮎が獲れるものの、跳ねたり抵抗する中でお互いを傷つけてしまいます。
久保さんがこだわるのは一匹の鮎と対峙すること、それが傷の少ない状態の鮎を卸すことに偶然繋がったのだとといいます。

四万十川も川の生きものも正直

近年の四万十川の環境変化について尋ねてみました。
「やっぱりね、僕らは“アカ”って呼ぶがやけど石の苔が滑るようになったね。昔は川足袋の裏にフェルトなんてつけんでもゴム草履で入っていけよったのに、水質が変わったんやろうね周りの環境は川の変化に応じて変わるんよ。同じ支流の黒尊川は今でも僕らが小学生やった頃の自然が残っとる。水質が特にいいよ」
昨年道の駅よって西土佐で「利き鮎」のイベントがあったそう。
目黒川、黒尊川、藤ノ川川、四万十本流で釣れた鮎を食べ比べて一番評判が良かったのは黒尊川だったのだとか。
「ワタが何とも言えない味がする、甘いんよ」と久保さん。
同じ四万十川でも本流と支流で少しずつ環境の違いがあるのだそう。
「鮎やらウナギは正直よ、獲れる場所で味が違う。利き鮎をした時も観光客やはじめて鮎を食べるような人ですら味の違いがわかったくらいで」

環境の変化をみることは久保さんが友釣りをするうえで最も大切にしていることでもありました。
「友釣りの一番のコツは“川をみる”こと。川の状態、石の状態を見る…これは大事やね。でも勘やね」と笑う久保さん。
今までの経験値をもとに鮎のいるスポットかどうかを判断しているようです。
「鮎は人がたくさん踏み入ったら警戒して寄らんなる。毎年獲れるスポットは微妙に違ってくる。やけん飽きんのやろうね。私は四万十川がずっと天然ものが獲れる綺麗な川であってほしいね。水質が悪くなったとか、昔と比べるとどうしても思うところはあるけど、それでもやっぱり綺麗な川ではあるけん。」
そう力強く何度もうなずく久保さん。
長く四万十川と共に暮らしてきたからこその説得力がありました。
別れ際に「もう少し釣ってから帰ろうわい、(編集部のみなさんも)気を付けて!」と手を振る久保さん。
その笑顔は少年のようにも見えたのでした。