高知県高岡郡梼原町。四国山地の頂に広がるカルスト地形。
その大自然の懐に、赤牛の未来を切り開く人々の物語があります。
そんな山の上にある「一般社団法人津野山畜産公社」。今回は、そこで統括業務を担当する秋澤克哉さんにお話を伺いました。
プレーヤーとして最前線へ。「津野山畜産公社」にやってきた訳
秋澤さんは、高知県の土佐清水市出身です。港町で育った秋澤さんでしたが、地元以外を知りたいという気持ちから漁業ではなく農業の道を志しました。
そうして東京農業大学畜産学科に入学した秋澤さんは、牧畜に出会います。手をかければ変化を実感できるという牛の特徴に惹かれ、栃木の牧場へ入社しました。
その後、東日本大震災をきっかけに高知に帰ってきた秋澤さん。高知県の畜産試験場で働いたのち、2年前、津野山畜産公社へ入社を決意しました。公務員を辞めてまで転職をしたのには現場の最前線、「プレーヤー」として働くことを目標にしていたという理由がありました。結果的に、この転職は秋澤さんにとって大きな転機となったのです。
その間、畜産に関する多くの免許を取得し、高知県でも数人しかいない牛の爪を整える牛削蹄師も取得しています。
農業の道を志し、酪農に携わり、東日本大震災を経て地元に戻った秋澤さん。その間に挑戦を重ねた姿勢が、現在の仕事にも生かされています。
土佐あかうしについて
秋澤さんは、高知県が牛を育てる産地としてまだ弱いと言います。
飛騨牛で有名な岐阜県、佐賀牛で有名な佐賀県と比べて、歴史が浅く、飛騨牛や佐賀牛のようなブランド化が進んでいないため、全国的な知名度ではまだまだこれからであるからです。
ただ、農業人口や農家戸数、飼育頭数が少なく、得られる経験値が少ないからこそ、こだわった飼育や特色ある品種「土佐あかうし」を用いた積極的な販促が実を結び、近年高知県の和牛が注目され始めたといいます。
血統へのこだわり
土佐あかうしの飼育でこだわる点の一つに血統があります。牛舎の特性や飼育方法に合う血統を模索しながらブラッシュアップし、毎年変化させているといいます。良い血統が決まったとしても、改良を止めれば劣化してしまうため、常に先を見越した改良に力を入れていました。
餌へのこだわり
また、餌の管理にもこだわっています。基本的に、牧草とカロリーの高い配合飼料の2種類の餌を与えています。配合飼料は短時間で摂取できるため、睡眠時間を確保しつつ効率的な成長を促すことができます。
ただ、秋澤さんは餌の配合割合にもこだわっているといいます。毎日の観察を基に配合飼料の量に上限を設けて、牛がしんどくならない配合を決めています。
お客さんの声が最大のフィードバック
ほかにも、お客さんのお話に耳を傾けることを重視しています。一般的に、強いサシが入った脂の多い肉が高ランクで、価値が高い傾向があります。しかし、脂が強すぎるというお客さんの声から、あえてサシの量を抑えた肉を育てるようになりました。このように、お客さんの意見を積極的に取り入れ、よりおいしいと感じられる肉づくりを追求しています。
比較的メジャーな生産地ではない高知県だからこそ、血統や餌の管理のこだわり、お客さんの意見に耳を傾けることで、注目を集めています。
和牛販売の強み
津野山畜産公社には、加工場がありません。
そこで秋澤さんは、いくつものお肉屋さんに何度も通って直接交渉し、加工をお願いしました。加工してもらうことを通して高品質なお肉のアピールに成功し、かつて販売を渋っていたお肉屋さんにもお肉を置かせてもらうことができるようになりました。
販売交渉を行う中での強みは、「付加価値」と「スピード感」です。
付加価値の生み出し方
商談では、調理方法に合わせた部位の提案や、料理の提案をするなど、生産者ならではの知識を活かした提案を行っています。提案することで、お客さんが考える手間を省くことができ、付加価値を与えることができるのです。
スピード感を持つ強み
また、交渉の際にはお客さんの要望を聞き、すぐに見積もりを出すなど、スピード感をもって交渉していくことも大切にしているといいます。
質の良い肉の生産が当たり前となる中、自らの武器が他との差別化要因になっているのです。
取材を終えて
今回のインタビューを通じて、私は秋澤さんの牛に対する強いこだわりを感じました。実際、高知県はメジャーな生産地ではないことは事実ですが、だからこそ生き残りのために試行錯誤されている姿が印象に残りました。
ここまで試行錯誤できるのは、挑戦をいとわない、チャレンジングな秋澤さんだからこそではないかと感じました。
私自身、土佐あかうしを食べた経験はほとんどありませんでした。しかし、生産者さんのこだわりを実際に聞き、土佐あかうしを味わってみたいという気持ちが一層高まりました。
今回の取材を通じて、土佐あかうしの魅力だけでなく、挑戦を続ける秋澤さんの姿勢に多くの学びがありました。私たちも食材を選ぶ際、こうした背景に目を向けることが大切だと感じました。
秋澤さんらがこだわって育てた至極の肉を、皆さんもぜひ味わってみてはいかがでしょうか。